con sentimento
「先輩の音って甘い音ですね。」 ―― そう言われた時、一瞬何のことかわからなかった。 きょとんっとして今の言葉を言った女の子、目の前にいる香穂ちゃんを見てしまうと彼女は何故かクスクスと笑っていた。 「香穂ちゃん?」 「ごめんなさい。だって先輩、ものすごくまん丸な目をしてるんですもん。」 「え?え?」 言われて目をしばたかせると、余計に香穂ちゃんがおかしそうに笑った。 なんだか照れくさくてオレは慌てて言う。 「だって香穂ちゃんがビックリするような事言うから。」 「甘い音、ですか?」 「うん。オレそんなこと言われたことないよ。」 元気のいい音っていうのはよく言われるけどね、と笑ってくるりとトランペットを回すと香穂ちゃんは納得したように頷いた。 「そうですね。先輩の音は元気いいって感じですもん。」 「そうなんだよね。だから愁情系の曲とか苦手で。」 切ないメロディー、歌いこむメロディー、柚木や土浦が得意にするような曲はどうも苦手だ。 金やんには「お前さんは色々考えなさすぎだ」って言われたけど。 そんな事を考えていたオレの耳に香穂ちゃんの不思議そうな声が届く。 「そうですか?」 「え?だってオレの音ってあんまり考えてないってよく言われるから。」 そこのところは否定できない。 だって確かにみんなの言うとおり今まであんまり深く考えてトランペットを吹いた事なんてないし。 元気の良いトランペットの音が好きで、パーンッ!って空に響くような音が出せれば嬉しかった。 ・・・・でも、最近はちょっと違うんだけど。 そう思ってちらっと香穂ちゃんを見る。 いつも元気で明るくて楽しくて、優しい女の子。 ―― 最近、いつもオレの心の真ん中にいる女の子。 「へへ」 ちょっと照れくさくなってオレはトランペットを構えた。 「香穂ちゃんがそうじゃないって言ってくれるなら嬉しいな。」 「言いますよ。先輩の音は何も考えてない音なんかじゃないです。前からずっとそうでした。」 にこっと笑ってそう言われてオレの心臓がどきっと鳴る。 いつもこうなんだ。 香穂ちゃんは何気なくオレの喜ぶようなことを言ってくれる。 それが当たり前の事みたいに。 「ありがと。」 自然と顔が笑顔になると香穂ちゃんもつられたように笑ってくれた。 「私、和樹先輩の音大好きですもん。確かに最初は元気の良い音だなーって思いましたけど、でも。」 そう言って香穂ちゃんはちょっとだけ目を細める。 その表情(かお)がなんだかとても綺麗に見えて、ドキドキしてるオレに彼女は言った。 「最近聴けるようになった今みたいな甘い、優しい音も大好きです。」 「っ!」 面食らってオレは口許を手で隠した。 そうじゃなくちゃうっかりとんでもないことを言ってしまいそうだったから。 「先輩?」 「あぅ・・・・・えーっと、その・・・・・」 の、覗き込まれるとまずいんだってば! 不思議そうに見てくる香穂ちゃんの視線から逃げるようにオレは顔をそむけつつ、口から飛び出しそうな心臓を一生懸命宥めようとする。 最近、変わった音。 甘く、優しい音。 ・・・・きっとその原因を君は知らない。 オレの音を甘く色づけるのは、間違いなく・・・・ 「え、え、えーっと・・・・そうだ!香穂ちゃん、何かリクエストない!?」 「え!?」 「ほら、リクエスト!リクエスト!なんでも吹いちゃうよ!」 どんとこい!とふざけてみせると香穂ちゃんはくすっと笑って、「じゃあ」と言ってくれた。 「木星がいいです。」 「オッケー!」 コンクールでも吹いた曲のリクエストにオレは張り切って相棒を構えた。 そして吹き出す前にちらっとだけ香穂ちゃんを見る。 香穂ちゃんはニコニコ笑って横のベンチに座っていてくれて、今は君だけがオレの観客。 そう思ったらぎゅっと胸が痛くなって、でも嬉しくて。 ―― 君のことを考えて吹くようになってから、甘い音になったって言われるようになったんだよ? 甘い音はきっとオレの気持ちなんだ。 まだ、伝えられないけどもう零れそうなほどオレの中にある気持ち。 いつか絶対に伝えるけど、今はまだ音にのせて・・・・・。 ―― 抜けるような空に高らかに音が響いた 〜 END 〜 |